我が心のジャズおでん

酒を呑みながら獅子文六のエッセイ「わが食いしん坊」を読んでいたら、氏が若い頃に呑み喰いしていたおでん屋の話が出てきた。

わが食いしん坊 (グルメ文庫)

獅子 文六 / 角川春樹事務所



「毎年、寒くなると、おでん屋へ行きたくなる。若い時に、おでん屋の酒ばかり、飲んでいたからであろう。おでん屋の酒は、悪酒ときまっていたが、熱いガンモやスジの上に、うんとカラシを塗ったのを、サカナにすると、酔いが早く廻るのである。ガマグチの中身を心配しながら、飲む酒のウマさは、格別であった」

後に小説家として大成功を収める文六氏のおでん屋回顧は大正時代の話だが、下って平成の世になっても、同じように若い頃のオレも、財布の中身を心配しながら、おでん屋で呑んでいたことを、懐かしく思いだした。

当時住んでいた横浜の上大岡という街に、おでん屋の屋台があったのである。
確か自分が20歳の頃で、冬の寒い夜、商店街の外れにぽつんと見慣れない屋台が出ていたので、気になって入ってみた。
小柄な爺さんが一人でやっていて、あるものはぐつぐつと煮えるおでんと酒のみ。
酒は一升の紙パック入りの安い「鬼ごろし」で、アルミのカップに入れて、おでんの鍋の中に突っ込んで燗を付けてくれる。
こちらはとにかく安価に酒が呑みたい一心なので、大根か何か一品取っては、ひたすら酒を呑む。
終いには爺さんに、「おでんを売るために酒も置いてるんであって、うちは呑み屋じゃねえ、お前ら(酒呑みの友人と良く出かけたのだ)が来ると、おでん売り切れる前に酒が無くなっちまって困るんだよ」とか言われたもんだ。
実際の話、途中で爺さんが「用意した酒が切れちまったから買い足してくる」と言って、オレ達二人を放ってスーパーへ買い出しに行ったこともあった。

屋台には小さなモノラルのラジカセが置いてあって、いつも小さな音でジャズがかかっていた。
「オレはジャズが好きでねぇ」
爺さんは言う。
「住んでるアパートにはジャズのLPが山程有るんだ、それをテープに入れたのをここで聴いてるんだ」
当時ロックバンドをやっていたオレも生意気の盛り、ジャズだって少しは知ってるんだぞと、背伸びしてコルトレーンやマイルスなんて名前を挙げて爺さんと話をした。

チャールズ・ミンガスという有名なベーシストの話になって、名前は耳にしたことは有っても実際の音を聴いたことが無かったオレが、聴かせてくれと頼んだら、
「オレはおでん屋だ。ジャズは趣味で聴いてるんだ。リクエストには答えない」
なんてカッコつけて、オレがふてくされて呑んでると、他の客がいなくなった頃、
「ほら、これがミンガスだ」
なんてやってくれる爺さんだった。

いつの間にか、オレと友人は「ジャズおでん」という名前でこの店を呼ぶようになった。
商店街の居酒屋で呑み、店を出て、この屋台の姿を見つけると、ジャズおでん寄っていこうぜ、となる。
おでんは色の薄い、あっさりとした出汁で、客に出す前にひらりと柚子の皮を削いだ物を皿に落としてくれる。
ここで初めて牛すじという物を喰べた。
友人は柔らかく煮えたタコ(一番値段が高いタネだったように思う)がお気に入りだった。
じゃがいもは男爵、煮崩れやすいけど、喰べて美味しいからあえて使うのがオレのこだわりなんだよ、と爺さんは言っていた。

3年くらいして、屋台の姿を見かけなくなり、それっきりである。

今でも爺さんの顔と声は忘れない。
by hybrid-jp | 2011-10-12 19:10 | 食べ物とか | Comments(0)

いつかどこかで考えたこと。


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